オフィス浜松の一覧へ 2026/07/12
スカイツリーと同じ634m ― 岩殿山・鎖場と大岩壁の日帰り登山
毎月恒例の登山(低山)、今回は山梨県大月市にある「岩殿山(いわどのさん)」に10名で行ってきました。
ここには「岩殿城(いわどのじょう)」が築かれていました。甲斐国都留郡の国衆で、特に武田氏の有力家臣であった小山田信茂(おやまだのぶしげ)の居城として最もよく知られています。
今回は、岩殿城があった歴史ある岩殿山から鎖場を通過し、稚児落とし方面へと足を延ばす日帰り登山コースにチャレンジしました。
「ふれあいの館」から山頂へ進みました。登山道はきれいに整備されているので歩きやすいです。
稚児落としへの分岐を岩殿山方面へ、巨大な岩を利用して城門があったとされる場所を通過し、岩殿山山頂へ向かいます。
標高634m、スカイツリーと同じ高さであることを確認しました。
山頂は大月市が選定する「秀麗富嶽十二景」の八番山頂でもあり、晴れていれば富士山を望むことができます。
来た道を分岐までいったん戻り、今度は稚児落とし(ちごおとし)方面へ。
岩殿山への整備された登山道とは違い、稚児落とし方面は本格的な登山道となります。
今回はボーイスカウト(4グループ)と途中まで同じルートを登山しました。
子供たちは元気に挨拶し、軽やかに登っていきます。稚児落としまでは複数の鎖場があります。
鎖場が怖い人、高所恐怖症の人用に林間コースもあります。
今回のコース上、最大の難所が兜岩の垂直の登りです。
岩の凹凸や木の根、鎖を頼りに登ります。
ちょっとしたロッククライミング気分。低山でこんな経験ができるとは驚きでした。
危険を知らせる看板の右横を通り、岩場を慎重に進みます。
「稚児落とし」の大岩壁はダイナミックで、低山でこんな恐怖を感じるとは思ってもみませんでした。
稚児落としの大岩壁は、来てよかったと思う迫力です。
「稚児落とし」が気になり調べてみたところ、次のような伝承がありました。
「戦国時代、武田氏の重臣である小山田信茂の居城・岩殿城(いわどのじょう)が織田軍に攻め落とされた時のことです。
城主一族の妻子や家臣たちが山中を逃れる途中、険しい大岩壁の近くで赤子(あるいは幼い子供たち)が泣き出してしまい、このままでは追手に発見され、一族もろとも全滅してしまうという危機的状況に陥りました。
母や家臣たちは泣き声で居場所が敵に察知されるのを防ぐため、やむなく子供たちを150メートル以上の切り立った崖から谷底へと落とし、涙ながらにその場を逃げ去った」とされています。
この悲劇的な逸話から、地元の人々はこの恐ろしく切り立った断崖絶壁を「稚児落とし」と呼ぶようになったとのことです。
この恐ろしい場所は、一見の価値があります。
岩殿山、低山ながらも鎖場が複数あり、なかなか良い経験ができました。
歴史を感じながらの登山、これも岩殿山ならではのものですね。
ここには「岩殿城(いわどのじょう)」が築かれていました。甲斐国都留郡の国衆で、特に武田氏の有力家臣であった小山田信茂(おやまだのぶしげ)の居城として最もよく知られています。
今回は、岩殿城があった歴史ある岩殿山から鎖場を通過し、稚児落とし方面へと足を延ばす日帰り登山コースにチャレンジしました。
「ふれあいの館」から山頂へ進みました。登山道はきれいに整備されているので歩きやすいです。
稚児落としへの分岐を岩殿山方面へ、巨大な岩を利用して城門があったとされる場所を通過し、岩殿山山頂へ向かいます。
標高634m、スカイツリーと同じ高さであることを確認しました。
山頂は大月市が選定する「秀麗富嶽十二景」の八番山頂でもあり、晴れていれば富士山を望むことができます。
来た道を分岐までいったん戻り、今度は稚児落とし(ちごおとし)方面へ。
岩殿山への整備された登山道とは違い、稚児落とし方面は本格的な登山道となります。
今回はボーイスカウト(4グループ)と途中まで同じルートを登山しました。
子供たちは元気に挨拶し、軽やかに登っていきます。稚児落としまでは複数の鎖場があります。
鎖場が怖い人、高所恐怖症の人用に林間コースもあります。
今回のコース上、最大の難所が兜岩の垂直の登りです。
岩の凹凸や木の根、鎖を頼りに登ります。
ちょっとしたロッククライミング気分。低山でこんな経験ができるとは驚きでした。
危険を知らせる看板の右横を通り、岩場を慎重に進みます。
「稚児落とし」の大岩壁はダイナミックで、低山でこんな恐怖を感じるとは思ってもみませんでした。
稚児落としの大岩壁は、来てよかったと思う迫力です。
「稚児落とし」が気になり調べてみたところ、次のような伝承がありました。
「戦国時代、武田氏の重臣である小山田信茂の居城・岩殿城(いわどのじょう)が織田軍に攻め落とされた時のことです。
城主一族の妻子や家臣たちが山中を逃れる途中、険しい大岩壁の近くで赤子(あるいは幼い子供たち)が泣き出してしまい、このままでは追手に発見され、一族もろとも全滅してしまうという危機的状況に陥りました。
母や家臣たちは泣き声で居場所が敵に察知されるのを防ぐため、やむなく子供たちを150メートル以上の切り立った崖から谷底へと落とし、涙ながらにその場を逃げ去った」とされています。
この悲劇的な逸話から、地元の人々はこの恐ろしく切り立った断崖絶壁を「稚児落とし」と呼ぶようになったとのことです。
この恐ろしい場所は、一見の価値があります。
岩殿山、低山ながらも鎖場が複数あり、なかなか良い経験ができました。
歴史を感じながらの登山、これも岩殿山ならではのものですね。

